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サーカスのプロフィール



第3期 (現在のメンバー)

1988年〜現在
1988年に、叶 央介がサーカスへ復帰。現在のメンバーとなる。
1991年に、原 順子・叶 央介が結婚したため、姉、兄弟と弟のお嫁さんというファミリーとなる。
現在は、自主レーベル(サウンドサーカス)でCD制作をしていて、 『ハート』というコンセプトで、アルバム名にハートと付く作品を発表している。
時々、2組の夫婦と誤解する方がいるようですが、間違えないようにしましょう。


叶 正子   1952年6月23日生まれ

高校の学園祭ではPPM(ピーター・ポール&マリー)を歌った。
ビートルズが好きで当時ファンクラブへ入っていた。
サーカスとして活動する前は、ヤマハのオーディションで研修生となり、 その後「ピーマン」というアイドルグループのリーダーとして活動した。
ポプコンで何度も入賞している実力派。

ステージでのトークは緊張しすぎで、見ている者をハラハラさせる。
「えー」
「 … 」 (←もう目がウルウルしていたりする)

コンバースの靴が好きで全色集めている。
(黒革柄とか、迷彩柄とか、裏地がある柄とかがあるのを知ってますか?)

ケーキを食べながら日本酒を飲むらしい。
以前、お誕生日のケーキを食べている写真にワンカップが写ってしまったことがある。

すでにベテランなのだが、2004年にあらためて新人としてソロデビューし、 サーカスがオフの期間にはソロシンガーとして活動を続けている。


叶 高   1954年7月26日生まれ

サーカスのリーダー。
サーカスとして活動する前は、俳優を目指していた。
文部省から後援を得て山間部の学校で劇をしたり、遊園地でちびっ子ショーをしていた。

カーペンターズには涙なしには語ることができない思い出がある。
その理由はコンサートでときどき話している。

ステージではファンサービスのために、わざわざイマイチなギャグを言う。
(サルバドール紀行を歌う前に) 「南米は一度いったら何べんも行きたくなる」
(Mais que nadaを歌う前に) 「この曲はまぁ好きかな」
 マシュケナダがなまると、まぁ好きかなになるらしい。
(夜空ノムコウを歌う前に) 「僕の友達の木村拓哉君が…」
 時々、友達がライバルになったり、木村君が中居君になったりする。
(PIECES OF A DREAMを歌う前に) 「TV曲でケミストリーの川畑君と話をしたよ。 君一人?」
      ↑ココは東北弁で発音する。
その他、お姉さんの年齢をギャグのネタにしたりする。

ソロ活動は、コミュニティFM局(FM世田谷・FM湘南ナパサ)で番組を担当したり、ボーカル教室(TARN VOCAL WORK)の講師をしたり、幼稚園の訪問をしたり、 ホーミーの名手でフィールドワークでモンゴルに行ったりしている。


原 順子   1956年3月2日生まれ

サーカスに加入する前は、アマチュアでバンド活動をしていた。
ポプコンに出場した経験も。
オーディションで選ばれてサーカスに加入することが決まった時、 ゾウやライオンが出てくるサーカスと間違えられてお母さんが泣いてしまった。

ハワイアンに造詣が深く、専門誌の「月刊ハワイアンウェーブ」に連載を持っていた程である。

メンバーの男性陣2人に対して「おなかが出てはいけない」というのが口癖だが、 その割と料理を大皿で作ったり、おいしい物を食べに行ったりしているので、何か矛盾? している。

実は姉さん女房だったりするが、あえてそれを指摘する人はいない。
ソロ活動で夫の央介氏と"J&O"というユニットを組んでいる。


叶 央介   1956年9月27日生まれ

サーカスに加入する前は、フォーク歌手を目指していた。
「サイモン&ガーファンクル」「タイガース」など洋楽・邦楽を問わずフォークのコピーをしていた。
1984〜88年の間は、一時的にソロ活動をしていた。

ONE VOICE(サイモン&ガーファンクルの作品)の日本語訳をするなど、最近はサーカスの作品の作詞を多くしている。

あまりギターは弾かないが実は結構うまく、これが男性? というような繊細な音で弾く。


第2期

1984〜1988年
叶 正子
叶 高
原 順子
嶋田 徹
結婚した卯月節子、ソロ活動をはじめた叶 央介に変わってオーデションにより原 順子と嶋田 徹が加入。 2人ともポプコンの出身らしい。


第1期 (オリジナルメンバー)

1978〜1984年
卯月節子
叶 正子
叶 高
叶 央介
この当時のメンバーを指してオリジナルメンバーとしている。
『Mr.サマータイム』『アメリカンフィーリング』等の初期の作品を残している。 今でも歌われている優れた作品も多い。
この当時はアルファレコードの所属で、ミュージシャンに 坂本龍一・細野晴臣・高橋幸宏・鈴木 茂 等、今考えたら、絶対にありえないような 超豪華メンバーがバックミュージシャンで参加していたことも特筆すべきであろう。


第0期 (幻のメンバー)

1977(?)〜1978年
菅 憲
卯月節子
叶 正子
茂村泰彦
Danレーベル(徳間音楽工業)より、『月夜の晩には』にはという作品を残してはいるものの サンプル盤の扱いらしく、メジャーデビューでは無かったようである。
公式HPでは無かったことにされている。
レコードには、「すが健」と書いてあるが、「憲」の方が正しいようだ。


※第n期という呼びかたがあるのではなく、それは筆者が便宜的にそう呼んでいるだけである。